最近ではCO2から航空機燃料(ジェット燃料)を合成する方法としてFT合成が注目を浴びています。
しかしFT合成は歴史も長く実は身の回りの製品を作るのにも役立っている技術です。
今回は化学メーカーで研究開発をする私が、FT合成について背景から最近の動向まで分かりやすく解説します!
FT合成の概要について
FT合成の歴史
FT合成の技術の詳細(触媒など)
FT合成の課題と展望
FT合成とは?まずは3分でFT合成について理解!
最初にFT合成の全体像(概要)を理解していきましょう!
まずFT合成とは以下の技術のことを言います。
FT合成とは、“合成ガスから軽油など石油代替燃料および化学品を合成する触媒反応”のことです。
これだけ聞いてもなかなか難しいですよね。1つ1つ解説していきます!
まず合成ガスとは、一酸化炭素と水素の混合ガスのことです。
この合成ガスは天然ガス(メタンガス)、バイオマス、石炭、可燃性ゴミから製造できるもので、既に化学品を製造する用途などに用いられています。
そしてこの合成ガスを軽油や燃料などに合成する技術のことをFT合成といいます。(FT合成には必ず触媒が用いられます。)
イメージを以下の図に示したので、参考にしてください。


具体的な反応を説明すると以下のようになります。
Step1:石炭、天然ガス、バイオマスを高温の水蒸気でガスに分解(合成ガス)
石炭などは非常に複雑な分子構造をしており、その構造(炭素と炭素の結合)を高温で全て切断します。
Step2:切断された炭素(合成ガス)を触媒で再度繋ぎ直すことで石油を合成。
このSTEP2がFT合成です。
バラバラになった炭素を触媒の力で繋ぎ合わせて石油を合成します。この繋ぎ合わせが上手くできるように触媒の開発が行われています。
ちなみにFT合成はフィッシャー・トロプシュ(Fischer-Tropsch)合成の略で、FT合成を生み出したドイツ人のフランツ・フィッシャーとハンス・トロプシュに由来しています。
それではなぜこのFT合成が最近は注目されているのでしょうか?
それはこの合成ガスがバイオマスやCO2から作ることができるからです。
そしてこの合成ガスから燃料などが製造できるので、「CO2から燃料ができる」ということで注目されています。
そしてこれらの燃料はグリーン燃料、バイオ燃料とも呼ばれ、積極的に研究されています。
またFT合成には触媒が使われ、この技術の最も重要な役割を担っています。
この触媒についてはまた後ほど解説します!
FT合成の歴史
FT合成は1926年にドイツで発見され、第二次世界中に液体燃料の製造方法として重要な役割を果たしました。
ドイツは石油資源を持たない国です。しかし戦争には航空機や艦艇に大量の液体燃料が必要です。そのため自国で液体燃料を製造するため、FT合成の導入が進みました。
また日本も石油資源を持たない国であり、ドイツから技術を輸入して液体燃料を製造していました。
第二次世界対戦が終わり、安価な石油が大量に供給されました。その結果、石油と比べてコストが高いFT合成による液体燃料の需要はなくなり、最終的に南アフリカを除いてFT合成の製造は消滅しました。
南アフリカはアパルトヘイトの影響で石油の輸入が停止させられており、FT合成により燃料を作るしか方法がありませんでした。
FT合成による石油の製造はほとんど行われなかったものの、学術的な研究は進められました。その結果、FT合成を効率化するような触媒の開発や触媒機能の理論的な解明が行われました。
これまでは石油が安かったため、FT合成は衰退しました。しかし21世紀に入ると石油価格が高騰し、安価な天然ガスの開発が進みました。
そこで、この安価な天然ガスから液体燃料を製造する手法としてFT合成が再注目されました。そしてカタール、マレーシア、ナイジェリアなどでプラントが建設され、大規模にFT合成で液体燃料が製造されるようになりました。
現在は環境対策として、石炭や天然ガスなどの化石資源ではなく、バイオマス原料やCO2から液体燃料を製造する技術として注目されています。
FT合成で使用される触媒(Fe触媒、Co触媒)
FT合成の鍵は触媒です。この触媒によりバラバラに分解された炭素が再度結合し、石油が合成されます。
現在FT合成に使われている触媒はCo(コバルト)、Fe(鉄)の2種類です。
それぞれの触媒でメリット・デメリットがあるため、それぞれの製造工場の用途やニーズによって使い分けられています。
また触媒の性能により、どの程度効率的(反応温度、反応圧力)に石油が合成できるかが決まるため、日々改良が行われています。
Fe触媒とCo触媒の比較
触媒価格は圧倒的に鉄触媒が安いです。コバルト触媒は鉄触媒と比べて200倍近くの価格が高いです。
しかしコバルト触媒は現在広く使用されています。コバルト触媒は石油合成(液体燃料)を非常に低い圧力で行うことができるため、運転コストが非常に安くなります。(自動車の価格は高いけど、燃費が良いイメージ。)
更にコバルト触媒は鉄触媒よりも寿命が長いため、触媒の交換頻度が少なくて済みます。
またコバルト触媒と鉄触媒では合成できる燃料に違いがあります。例えば30気圧、240℃の条件下でコバルト触媒を使用した際、鉄触媒よりも重い石油(重油)が生成されます。
このようにコバルト触媒と鉄触媒はそれぞれメリット・デメリットがあり、コスト面やどのような石油成分がほしいかによってそれぞれ使い分けられます。
- 鉄(Fe): 鉄触媒は水性ガスシフト反応(CO + H₂O → H₂ + CO₂)にも活性を持ち、H₂/CO比が低い原料ガスでも適しています。高温型(320~350℃)ではナフサやLPGの生成に適し、低温型(220~250℃)では軽油や中間留分が得られやすい特性があります。
- コバルト(Co): コバルト触媒は低温型FT合成に適しており、高い活性と連鎖成長能力を持つため、軽油や高品質ワックスの合成に向いています。ただし、希少資源であるためコストが課題です。
FT合成の課題
1. 触媒の開発
- 課題:FT合成には、鉄系またはコバルト系触媒が使われますが、触媒の寿命や効率が限られています。また、触媒の中毒(硫黄や窒素化合物による劣化)も大きな問題です。
- 対応策:高活性かつ長寿命の触媒の開発や、触媒の再生技術の研究が進められています。
2. 生成物の選択性
- 課題:FT合成では、メタンから高級ワックスまでさまざまな炭化水素が生成されるため、特定の範囲の生成物を選択的に得るのが難しいです。
- 対応策:反応条件(温度・圧力・H₂/CO比)の最適化や触媒の設計を通じて、目的とする生成物の選択性を向上させる研究が行われています。
3. 熱管理
- 課題:FT合成は発熱反応であり、反応器内の温度管理が困難です。温度が上昇しすぎると触媒の劣化が進むため、効率が低下します。
- 対応策:反応器設計の改良や効率的な熱除去システムの導入によって、反応温度を適切に制御する技術が求められます。
4. 炭素効率
- 課題:COの完全転化を達成するのは難しく、一部のCOが未反応のまま排出されることがあります。このため、炭素効率の低さが課題です。
- 対応策:ガスリサイクル技術を用いて未反応のCOを再利用するプロセスが検討されています。
5. スケールアップ
- 課題:ラボレベルではFT合成の技術は確立されていますが、大規模プラントでの効率やコスト面の課題があります。特に、設備投資コストが非常に高いことが問題です。
- 対応策:モジュール型の小規模プラントを複数設置することで、投資リスクを分散させるアプローチが提案されています。
6. 原料の多様性
- 課題:FT合成の原料ガスを得るためには、石炭、天然ガス、バイオマスなどの原料をガス化する必要がありますが、これらのガス化プロセスにもエネルギーコストや技術的課題があります。
- 対応策:原料の多様性を考慮し、効率的にガス化できる技術や装置の開発が求められています。
7. 環境負荷
- 課題:CO₂排出量が多いため、環境への負荷が大きいという批判があります。また、水素生成にもエネルギーが必要であり、全体としてのカーボンフットプリントが問題視されます。
- 対応策:グリーン水素(再生可能エネルギー由来の水素)を用いることや、CCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)技術を導入することで、環境負荷を低減する取り組みが進んでいます。
8. 経済性
- 課題:FT合成は製造コストが高く、商業的に採算を取るのが難しいとされています。特に、石油価格が低い時期には競争力が下がります。
- 対応策:プロセスの効率化や副産物の有効活用、政策的な支援(炭素税など)によって経済性を高める努力が行われています。
9. プロセスの複雑さ
対応策:プロセスシミュレーション技術やAIを活用して最適化を図る研究が進行中です。
課題:FT合成は複数の工程(ガス化、合成、精製など)を含むため、プロセス全体の最適化が難しいです。
今後のFT合成
現在FT合成は環境に優しいグリーンな燃料を製造する技術として更に研究が進められています。当初は石炭や天然ガスから合成ガスを作り、そこから合成石油を製造していました。
しかし現在は廃プラスチックやバイオマスから合成ガスを作り、そこから合成石油を製造する取り組みが活発化しています。
現在自動車燃料、航空機燃料など、あらゆる燃料のグリーン化が進められている中で、FT合成も再度注目を浴びています。
まとめ
今回はFT合成について解説しました。FT合成は石油資源を持たないドイツで、合成石油を製造する技術として確立し、現在はグリーンな燃料を作る技術として再注目されています。今後ニュースなどでも名前を聞くこともあると思うので、チェックしてみてください。
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